革命の終了 革命ですでに利益を得た有産市民層や農民は社会

革命の終了 革命ですでに利益を得た有産市民層や農民は社会。その記述は最低、30年以上前からある、ほとんど同じものなんですが、穏健派や保守層の台頭が、ボナパルトの軍事独裁を支持するという流れを、うっすらと描写しているだけです。【衝撃】革命ですでに利益を得た有産市民層や農民は社会の安定を望んでいたにおけるコミットログ/メッセージ例文集883。フランス革命期の有産市民層や農民について

山川出版社世界史B詳説P252、L11?12

「革命ですでに利益を得た有産市民層や農民は社会の安定を望んでいた 」

となっているのですが、革命で得た利益というのは
革命戦争による軍需産業の利益
1793年憲法での封建地代の無償廃止による土地獲得
亡命貴族の没収地の競売による土地獲得

ということですか 教えてください 市民階級/有産市民層/ブルジョワ/ブルジョワジー。彼らが政治権力をにぎった変革が市民革命であり。市民の自由と人権が認められ
。個人として自立し。議会などを通じて政治に関わることのできる社会が市民
社会。 人間が封建的な社会関係や他律的な宗教に支配されていた封建社会に対し
て。

ブルジョワジー。ブルジョア革命ののち。ブルジョアジーは資本家階級として。みずからが
生み出した労働者階級であるとして。封建社会を打倒し封建的土地所有を廃棄
して。資本制生産様式に基づく近代社会を生み出した近代民主主義革命。た
近代民主主義革命。すなわちブルジョア革命のにない手たる。絶対王政のもとで
力を蓄えた新興の有産市民階級をいう。世紀ころから危機に陥った領主=
貴族たちが。その権力を国王に集中して市民や農民と対抗しようとしたのだと革命の終了。唱えて武装蜂起し政府を転覆しようとしたパブーフの陰謀など。社会不安は
続き。革命ですでに利益を得た有産市民層や農民は社会の安定を望んでいました

その記述は最低、30年以上前からある、ほとんど同じものなんですが、穏健派や保守層の台頭が、ボナパルトの軍事独裁を支持するという流れを、うっすらと描写しているだけです。この利益を得た階層というのは、社会の中核をなす階層であって、革命があったから利益を得たというよりも、革命がなくても利益を創り出していかないと社会は動かないという性質の階層であって、そういう”社会基盤”までもが、これ以上の革命は望まなくなったということ、ある意味の保守化を示唆する表現という”だけ”です。表現がうっすいでしょ? 実際に個別の利益について言及しているわけではないのです。無論、戦争で儲かった人もいるし、没収財産の競売で安値で財産を手に入れた人もいます。新興ブルジョワジーは確かにいますが、これらは最初から元手があって成功した富裕層の1つで、成功組?没落組に分かれただけで、ゼロから急に成金になったような人は極めて小数です詐欺師的な政商が何人かはいる。パリでは極左も極右も依然として活動してましたし、総裁政府期を通じて、クーデタは頻発するわけで、5万、10万のデモが起こってるので、支持の増減は明確には説明できません。武力を用いて弾圧して、投獄や海外追放などで、力を削いでいくという過程もあるので、人々の考えが変わったといえるのか、力づくの弾圧で変えていったのか微妙なところです。人間の本質として、長く戦争や混乱が続くと、安定を求めるわけで、それ以上のことがあったというほどの説明もすることはできないのです。心の内側などは、わからないから。そしてどのくらいの人が支持していたかも、選挙動向などをみると、王党派の台頭などが、革命の終わりを望むという主張の根拠になるわけですが、左派政治家の粛清後だから、右派が台頭しただけという見解もあり、それもはっきりと動向を説明できません。要するに、”たぶん”こうだろうということを、歴史家が説として言ってるだけで、本当に保守化していたのかどうか、実証されているわけでもないのです。結局のところは、ほとんどは暴力をつかって、無理矢理やったので、ブリュメールのクーデタも軍隊なしでは実現しませんでした。だから支持とか人々の動向なんて、最終的にはどうでもよかったといえなくもない。日本の教科書は、暗記型勉強で細かい点は留意されないため、読者である生徒に納得感を与えるように、納得しやすいバージョンでストーリーを書く傾向がある、ということもおぼえておくべきでしょう。歴史を細かく確認すると、単純化の犠牲になって、矛盾する記述もちらほらあります。あと、「1793年憲法」は、施行されて”いない”ので効力はありません。男子普通選挙実施以外では、ほとんどは空文です。封建地代の無償廃止封建的特権の無償廃止はありましたが、これは有権者が補償されなかったというだけで、土地が配られたわけでは”ない”ので、新しく土地を獲得したという人は、ほぼいません。フランスはもともと耕作地が少なく、かつ耕作者は小作農でも豊かな者が少なくありませんでした。小作農というと、日本では貧農をイメージしますが、フランスでは富農も少なくなかったのです。貴族などが領地を耕作者に預けるというスタイルは、現地で土地を管理する実質的な大土地所有者を生みました。革命の混乱で殺されたりしたひともいるものの彼らは前から豊かで、その後も、豊かだったのです。小土地所有農民を中核にする???というモンターニュ派の理想は実現しません。フランス革命は、ブルジョワジーに政治権力への道を開きましたが、社会基盤や構造にはそれほど大きな変化はなく、崩壊しかかっていた中世の封建制の残骸が取り除かれたにすぎません。軍隊においても貴族子弟団は将校団の中核でありつづけたし、社会においても大土地所有傾向は変わりませんでした。

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